発酵芳香蒸留水プロジェクト

「香りそのものを発酵させてみたい。」

発酵芳香蒸留水プロジェクト始動。
植物の香り成分を分離・濃縮した液体「芳香蒸留水」を独自技術で発酵させ、ビール醸造に応用するプロジェクトを開始しました。

芳香蒸留水とは?

ここで「芳香蒸留水」とはどのようなものか、簡単に説明します。

「蒸留」と聞くと、お酒好きの方ならジンやウォッカ、焼酎などが思い浮かぶでしょう。
これらは蒸留酒というジャンルで、蒸留の主な目的はアルコールを濃縮して強いお酒を造ることです。

しかし、蒸留の技術はお酒造りに限ったものではありません。

その一つが「精油」(エッセンシャルオイル)の製造です。
精油はアロマテラピーなどで使用される香りアイテムですね。
アロマに興味がない方でも雑貨屋さんやお土産屋さんで見たことがあると思います。

精油も芳香蒸留水と同じく、植物の香り成分を分離・濃縮したものです。
そしてこの二つは同じ技術で同時に造ることができます。

それは「水蒸気蒸留」という技術です。
沸騰したお湯で植物を蒸す(または茹でる)と、水蒸気とともに植物の香り成分が気体となって立ち上ります。この気体を逃さずに急速に冷やしてやると、水蒸気と香り成分が液体に戻ります。これを容器に回収します。
回収した液体を静置すると、香り成分の多くは水に溶けにくいものなので、油層と水層に分離します。

この油層が「精油」で、水層が「芳香蒸留水」です。

芳香蒸留水は香り成分の濃度では精油にはるか及びませんが、その分、肌に直接付けたり、飲むことができるものも多いです。

芳香蒸留水はフローラルウォーターとも呼ばれます。
化粧品を頻用する方なら、ローズウォーターやネロリウォーターなどを見たことがないでしょうか?
あれらはまさにバラやオレンジの花の芳香蒸留水です。
ただし、化粧品として売られているものはほとんどが飲用でないのでご注意を。

芳香蒸留水の導入メリット

ボタニカルから不要な不揮発性成分を除去

ボタニカルはお酒業界では主にジンの文脈でよく耳にする用語です。
お酒や飲料に移したい風味や有用成分を持った植物(ハーブやスパイス、フルーツ)のことを言います。

ビール醸造ではこのボタニカルを、基本的に「浸漬」という手法で用います。
つまり、麦芽やホップをお湯や麦汁、ビール原液に漬け込み、成分を抽出します。

ここでは香り成分だけでなく、糖質や苦味、色素といった不揮発性の成分も抽出されます。
これらの成分が求められる場合には、浸漬は大いに有効な手法です。

しかし、香りだけが必要で、過度な苦味や渋みが求められない場合もあります。

そこで芳香蒸留水の出番です。
芳香蒸留水は、ボタニカルから「香り成分を分離」した液体です。

芳香蒸留水を用いれば、ボタニカルの持つ不要な不揮発性成分を除去して、
香りのみを極力付与することが可能です。
ただし、香り成分の中にも味覚を刺激するものはあるので、芳香蒸留水は無味というわけではありません。

香り素材の利用可能性向上

芳香蒸留水の導入により、これまでビール醸造では利用の難しかった香り素材に視野を広げることができます。

上で書いたことの繰り返しになりますが、香りは素晴らしい一方で、舌やのど越しで感じる味わいに難点のある素材もあります。
ビールのために改良されてきたホップと違って、他の香りを有する植物の花や葉は、ビールとしての爽快さに欠ける苦味やえぐみを有するモノも多いです。
芳香蒸留水を用いれば、ビールに使用できるボタニカルの選択肢が広がります。

また、例えば杉やヒノキといった木材をビール醸造に利用することは多くの観点から意義がありますが、まだまだ課題もあります。
これらは莫大な香りポテンシャルを秘めているものの、頑丈な細胞壁に守られた香り成分へのアクセスが難しく、上手く香りを取り出せても瞬時に揮発して失われるため、醸造では利用が難しいとされます。
水蒸気蒸留なら、木材の細胞壁に有効なダメージを長時間かけて与えて香り成分を取りだし、それらを逃がさずに回収することが可能です。

芳香蒸留水の発酵~技術的意義~

芳香蒸留水からの酸素除去

現代のクラフトビール醸造において、ボタニカルの香りを付与する手法で頻用されるのは、発酵中~発酵終了間際にボタニカルを浸漬する手法です。
ホップでこれを行うのがまさしく「ドライホッピング」です。

この発酵中~発酵終了間際の浸漬では、ビール原液に酸素が混入することに細心の注意を払わなければなりません。ドライホッピングの場合、ペレットなどの固体を扱うことがほとんどなので、酸素除去は比較的容易に行えます。

一方で芳香蒸留水はもちろん液体です。
そこにはたくさんの酸素が溶けている恐れがあり、脱気にも特別な装置が必要です。

これの対策として、芳香蒸留水に酵母を添加します。
すると酵母の発酵に先立つ「呼吸」によって、蒸留水中の酸素を消費する前処理が可能です。

香り成分を変換・合成し、ビール全体に奥行・一体感を与える

お酒造りの文脈では、発酵は「酵母が糖をアルコールと二酸化炭素に分解する」ことが主軸になります。
しかし、これ以外にも発酵によって様々な物質の変換・合成が成されています。

そのなかで嗜好品製造にとって興味深いのは「酵母による香り成分の変換」です。

例えばホップに含まれるゲラニオール(バラの香り)という成分は、酵母によってβ-シトロネロール(柑橘の香り)という成分に変換され、ビールの柑橘香に関与しています。
つまり、素材としてのホップそのものにはない香りが、酵母によってビール中に生成します。

これはホップだけではなく、他のボタニカルに含まれる様々な香り成分でも同様のことが起きることは容易に想像できます。
いずれにしても、元の素材にあった全ての香り成分が変換されるわけではなく、そのままの形でビールまで移行するものもあります。

これら変換/非変換成分の組み合わせによって、元の素材の印象を残しつつ、より複雑さや奥行のある香りがビール中に生まれると考えられます。

また、本手法では芳香蒸留水を発酵させ、それをビール原液に添加した後にも、さらなる発酵・熟成を施しています。これにより完成ビールの一体感が生まれると思われます。

一体感を生む事象として考えられるのは、例えば、ビール原液に含まれる有機酸と、発酵芳香蒸留水に含まれるテルペンアルコールやチオールなどの香り成分が、酵母によって結合される可能性などが挙げられます。

また熟成中には、発酵を終えた酵母が、芳香蒸留水中のオイリーな刺激を伴う成分を吸着して沈降します。
これによって、芳香蒸留水導入ビールの口当たりをより洗練することができると思われます。

芳香蒸留水の発酵~ロマン~

最後は少し戯言も含みますが、芳香蒸留水を発酵させることのロマンについて書かせてください。

香りを触り、具現化する

「香りそのものを発酵させてみたい」
これは「香りを飲む」というJOUFUKUのモットーにも関係します。

香りは目に見えないものです。

「香りそのものを発酵させてみたい」や「香りを飲む」という思いは、
目に見えない香りを触り、具現化したい。という欲から来ているのではないかと思うのです。

この欲はJOUFUKUだけではないはずです。

古来より人類は、「香り」を祈祷や医療、遊戯、身だしなみ、食文化など、実に多岐にわたる分野に活用してきました。
そのための手段として、燻蒸や圧搾、溶剤抽出、蒸留、超臨界CO2抽出法、有機合成など、あの手この手の技術を開発してきました。

香りの利用法がこれほどまでに多岐にわたるのは、香りが目に見えないものだからこそ、
その解釈が時代や地域、人によって様々だからではないでしょうか。

醸造家である自分が、香りを触り、具現化する方法について考えてみたのが、芳香蒸留水の発酵なのです。

醸造と蒸留の順序逆転

前述の通り、蒸留にはアルコールを伴わない技術もあり、今回取り入れた水蒸気蒸留もそのような技術です。
しかし、やはり蒸留といえばアルコールの濃縮が一般的です。
歴史的にもアルコール蒸留が水蒸気蒸留よりも先に開発されました。
その蒸留すべきアルコールは、醸造・発酵の技術によって造られます。

順序として、蒸留の前に醸造が先立つことはいわば「常識」なのです。

ところで、JOUFUKUの第二のモットーは「嗅覚を駆使した創作活動」です。
創作に携わる人間は、「常識」と聞くと疑ってみたくて仕方がありません。

そこでこの発酵芳香蒸留水プロジェクトを通じて、蒸留はアルコール蒸留だけではないことの提言も含めて、
いっそのこと醸造と蒸留の常識的順序を入れ替えてやろうと思ったのです。

この製法がどこまで本質的に新しいかは、自分でも懐疑的な部分はあります。
酒税法の制約内でできることにもしなければなりません。

それでも、少しでも自律的なアイディアを形にしたいという思いで、日々創作に向かっています。

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